ルイヴィトン
ルイヴィトン。
ボクにとってはなんだか微妙な存在だ。
一時期、はまった。
1980年代前半。…今のように日本中でルイヴィトンが買えるようでは無かった時代には、ボクの心の中にルイヴィトンが小部屋を作って住み込んでいる…、くらいにボクは熱狂した。
熱狂するようになって、ボクはルイヴィトンと言うものが、商品である以上の何かをもっている…、そんな気がし続けていた。
ある特定の意味。
時代によって、場所によって、そしてその中のある階層にとって、様々な意味をもつ商品。
例えば、アジアの国々では明確な意味がある。
それはただ単純に、「その持ち主が成功者でありお金持ちである」ことの象徴だね。
だからボクは今でもアジアの国で、成功者としてふるまいたいときには、必ずルイヴィトンの鞄を持ってゆく。
彼ら、それは伝統的な金儲けが大好きな人達と言う意味での華僑ほとんどなんだけど、…彼らとビジネスをしたければ、クールなセンスを表現するグローブトロッターでも、最上級のエレガンスを象徴するエルメスでも、当然、合理的なだけのトュミでもなく、ルイヴィトンのアタッシュをもって行く。
金無垢のロレックスかカルティエか、あるいはブルガリをはめ、アタッシュ一杯にドル札が詰まっているようにふるまうことが必要になる。
ホテルのフロントもルイヴィトンに対してはただただ単純に敬意を払う。
だから非常に分かりやすい…、アジアにおけるルイヴィトン。
アメリカにおいても明確な意味はある。
アジアとはまったく違った意味なんだけれど、明確な意味。
アメリカの国際空港でルイヴィトンの大型スーツケースを持っていると、かなりの頻度で税関でひっかかる。
ブランドと言うモノに対して圧倒的に無知で無関心な彼らにとって、「金を持っているということを無邪気に見せびらかす、無防備な人間」を象徴するものとして、ルイヴィトンがすり込まれている。
…のじゃないか、と勘ぐりたくなるくらい、税関で引っかかる。
ならばホテルとかエアラインでそれなりの尊敬を獲得できるか?と言うと、そうでもない。
例えばアメリカのホテルにおいて恭しく扱われるルイヴィトンのラゲッジには、エアラインのファーストクラスの優先取り扱いのタグとがついていなくてはならず、同時にスイートルームの予約が必要となる。
…それだけ気合いを入れれば、どんなラゲッジでも最上級の扱いをしてくれる…?かもしれないけれど、でもそんな程度の位置づけです。
そうして日本。
日本におけるルイヴィトンってどんな意味があるのだろう。
特に、21世紀になった今、それは一体、どうなんだろう?
そう言えばここ数年、ボクはルイヴィトンと買ってはいない。…何故だろう?